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老後の不安が急に近づいた|怖くて眠れない夜

老後が怖くて眠れない夜編 焦り・不安
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夜のキッチンで、未来が急に近づいた

夜のキッチンで、未来が急に近づいた

食洗機の音だけがする、静かな夜

子どもが寝たあと、
キッチンで食洗機の音だけがしていました。

団地の廊下を通る風の音が、
かすかに換気扇の隙間から入ってきます。

窓の外は雨で、
駐車場のアスファルトが街灯に濡れて光っていました。

私はソファに座って、
膝に毛布をかけたままスマホを見ていました。

なんとなく開いたYahoo!ニュースに、
「老後資金二千万円問題」
という言葉がまた出てきました。

見慣れたはずの言葉なのに、
その日はやけに目に刺さって。

昼間はオーケーで特売の卵を買って、
夕方は高校生の娘のお弁当箱を洗って、
それで一日が終わっただけなのに。
夜になると、急に時間が
未来へ跳んだみたいな感覚になりました。

氷の上に立っているみたいな不安

氷の上に立っているみたいな不安

「私は老後どうなるんだろう」と、
急に現実味を帯びた言葉が頭に浮かびました。

年金の通知は毎年届くけれど、
数字の意味は正直よく分からないし、
貯金も胸を張れるほどじゃありません。

夫は最近、会社の先行きが見えないと言っています。
「早期退職とかあるかもね」
と冗談みたいに言うけれど、
私はその冗談が笑えませんでした。

怖い、というより、
薄い氷の上に立っているみたいな不安でした。
割れるかどうか分からないけれど、
足元がずっと冷たい。
音もなく広がっていく感じがして、
胸の奥がじんわり冷えていきました。

過去の自分を責める声が聞こえてくる

過去の自分を責める声が聞こえてくる

「もっと若いうちに正社員に戻ればよかった」
「子どもが小さい時期に無理してでもキャリアを積むべきだった」
そんな声が頭の中で重なってきます。

私はパートを選んだし、
扶養内で働いてきたし、
家のことを優先してきました。
楽な方に逃げたのかもしれない、
と自分に言いたくなりました。

誰かに責められているわけじゃないのに、
自分で自分を追い詰めている感じ。
まるで過去の自分が、
今の私の肩をつついて
「ほら、だから言ったでしょ」
と言っているみたいでした。

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これは私の性格の問題なんだろうか

これは私の性格の問題なんだろうか

不安になるのは、私が弱いからなのか

ソファに沈み込みながら、
「本当に私の性格が悪いから不安になるんだろうか」
と少しだけ考えました。

ニュースを見れば老後の不安が煽られて、
SNSを開けば投資で増やした人や
早期リタイアした人の話が流れてきます。

駅の広告にも「今から始める資産形成」と書いてあって、
どこを見ても
「準備しないと取り残される」
と言われている気がします。

そんな中で不安になるのは、
むしろ自然なのかもしれないと思いました。

暗い海に小さな船で出ているだけかもしれない

暗い海に小さな船で出ているだけかもしれない

老後のことを考えると怖くなるのは、
私が弱いからじゃなくて、
情報や数字や比較の中に
放り込まれているからなのかもしれません。

例えるなら、
真っ暗な海に小さな船で出ているみたいなもの。
遠くの灯りが見えるたびに
「あそこまで行かなきゃ」
と思わされるけれど、
海図を見せられたら誰でも怖くなる。

私はただ、その暗さにちゃんと
気づいているだけなのかもしれません。
気づかないふりをするより、
ずっと人間らしい反応なのかもしれない、
と少しだけ思いました。

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不安と一緒にできる、小さなこと

不安と一緒にできる、小さなこと

残高を見るだけの、ささやかな確認

その夜は、貯金アプリのマネーフォワードを開いて、
残高をざっと眺めただけでした。
増やす計画を立てるわけでもなく、
「今はこれだけある」と確認しただけ。

それだけで、
少しだけ地面に足がついた感じがしました。
何も分からない闇より、
「少ないけど、ここにある」
という感覚の方が、
まだ触れる気がします。

あとは、明日もお弁当を作ろうと思いました。
老後の不安と、明日の卵焼きは
直接はつながっていないけれど、
今日を生きている証拠みたいで。
フライパンの中で卵が固まる音を想像すると、
少しだけ現実に戻れました。

不安は消えないけれど、横に置いておける未来

横に置いておける未来

たぶん、この不安は消えないと思います。
テレビで老後の特集が流れれば、
また胸がざわざわするし、
友人の「投資で増えた」
という話を聞けば、羨ましくもなる。

でも、夜のキッチンで一人でいるときに、
「ああ、またこの感じだ」
と名前をつけられるようになったら、
少し距離ができる気がします。

怖さに飲み込まれるのではなく、
横に座らせるような。

完全に安心する未来じゃなくても、
不安と並んで歩けるくらいの距離感なら、
もしかしたら現実的なのかもしれません。

同じ夜を過ごしている誰かへ

老後が怖いと思う夜があっても、
きっと普通なんだと思います。
怖がらないように頑張らなくてもいいし、
前向きになれなくてもいい。

ソファでスマホを眺めながら、
ただ不安を感じているだけでも、
生きている実感なのかもしれません。
何かを決めなくても、行動しなくても、
その夜をやり過ごしたという事実だけで十分なのかもしれません。

もし同じような夜があったら、
「私だけじゃない」
とだけ思い出してもらえたら嬉しいです。

誰かの静かなキッチンにも、
同じ食洗機の音がしているかもしれない、
そんな想像ができたら、
それだけで少しだけ孤独が薄れる気がします。


次はまた別の感情の話になるかもしれません。