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40代主婦がSNSの成功者に嫉妬してしまう夜|比べて落ち込む自分を責めないために

40代主婦がSNSの成功者に嫉妬してしまう夜 嫉妬

この記事は「嫉妬シリーズ」の1本です。

感じたくはないのですが、
何度も戻ってきてしまう
感情が私にはあります。

このブログでは、
戻ってきてしまった
その感情を否定しません。

40代のいち主婦、女性として
暮らす私の本音を書いています。

解決はしません。
前向きにもなりません。
ただ、「これは私の気持ちだ」
と思える時間になればと思っています。

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タイムラインを閉じたあとの、重たい沈黙

洗濯物をたたみながら見た、ひとつの投稿

洗濯物をたたみながら見た、ひとつの投稿

梅雨の終わりみたいな、湿った空気の夜でした。

リビングの窓を少しだけ開けて、
扇風機を弱に回しながら、
私は山のような洗濯物をたたんでいました。

中学生の娘の体操服と、
小学生の息子の泥だらけの靴下。
夫はまだ帰っていなくて、
部屋の中はやけに静かでした。

何気なく手に取ったスマホで、
Instagramを開いたんです。
通知がひとつ。
高校時代の同級生の投稿でした。

彼女は最近、
自分のブランドを立ち上げたらしく、
今日も新商品の写真が並んでいました。

洗練された部屋、
きれいにネイルされた手、
笑顔の自撮り。

コメント欄には
「すごい!」「尊敬する!」
の文字が並んでいました。

私は娘のTシャツをたたむ手を止めて、
しばらくその画面を見ていました。

窓の外で、
遠くの電車の音が
かすかに聞こえていました。

「いいな」と言えない黒い気持ち

最初に浮かんだのは、
「すごいね」ではなく、
「いいな」でした。

そして、その「いいな」の奥に、
もっと濁った気持ちが
あることに気づきました。

どうして私は、
こんなところで
洗濯物をたたんでいるんだろう。

どうして彼女は、
あんなに自信に
満ちた顔をしているんだろう。

派遣の契約が終わって、
また次を探している最中の私。

35年ローンの残高が頭の片隅にあって、
子どもの塾代のことも気になっている。

そんな私の現実と、
画面の中の彼女の世界は、
まるで別の国みたいでした。

胸の奥が、
ざらざらと乾いた砂を
噛むみたいに痛くなりました。

嫉妬なんて、
若い子がするものだと思っていたのに。

40代の私にも、
こんな感情が残っていたなんて。

「どうせ私は」と繰り返す夜

「どうせ私は」と繰り返す夜

スマホを伏せたあと、
決まって出てくる言葉があります。

どうせ私は、特別な才能なんてない。
どうせ私は、途中で諦めてきた側の人間。
どうせ私は、派遣を繰り返しているだけ。

誰かに言われたわけでもないのに、
自分で自分を追い込む声が、
静かな部屋に響きます。

夫との仲が悪いわけじゃないし、
子どもたちも元気。

それなのに、
こんな気持ちになるなんて
贅沢なんじゃないか、とも思う。

「嫉妬するなんて、みっともない」
そんなふうに、
自分にレッテルを貼ってしまう夜が、
年に何度もあります。


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それは性格のせいなのか、と立ち止まる

それは性格のせいなのか、と立ち止まる

私は、もともとひねくれているのかもしれない

しばらく前まで、
私は本気でそう思っていました。

人の成功を素直に喜べないなんて、
性格が曲がっている証拠なんじゃないかって。

でも、ある日ふと気づいたんです。
彼女の投稿を見るのは、
たいてい私が不安定な時期だということに。

契約終了が近いときや、
次の仕事が決まっていないとき。

お金のことを考えて
眠れなかった翌朝なんかは、
特にだめです。

心がぐらぐら揺れているときに、
誰かの「順調です」という報告を見る。

そりゃあ、何かがざわついても
不思議じゃないのかもしれない、と。

立場が違えば、見える景色も違う

立場が違えば、見える景色も違う

彼女が選んだ道と、私が選んだ道は、
きっと最初から少しずつ違っていました。

私は結婚して、子どもを産んで、
派遣という働き方を選び続けてきた。

正社員を目指さなかったのも、
どこかで家庭を優先したかったからです。

それは逃げだったのかもしれないし、
あの時の私なりの
精一杯だったのかもしれない。

嫉妬は、私の性格の問題というより、
「いまの立場」に対する
反応なのかもしれない、と最近は思います。

もし、私が安定した仕事に就いていて、
貯金も十分あったら。
同じ投稿を見ても、
こんなにざらつかなかったかもしれない。

そう考えると、
少しだけ呼吸がしやすくなりました。

感情は、私の価値そのものじゃない。
いま置かれている場所から生まれた、
ただの反応なのかもしれない。


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消せないまま、少しだけ距離をとる

消せないまま、少しだけ距離をとる

タイムラインを閉じる勇気

大げさなことはしていません。
ただ、しんどいときはInstagramを開かない。
それだけです。

アプリを削除する勇気もないし、
彼女をフォローから外す度胸もない。

でも、見る時間を減らすことはできます。

それから、夜に一人で見るのをやめました。

昼間、洗濯機を回している間とか、
少し気持ちが落ち着いている
時間帯に限定する。

それだけで、
受け止め方が少し違う気がします。

自分の現実に触れる、小さな習慣

自分の現実に触れる、小さな習慣

もうひとつしているのは、
手を動かすことです。

ベランダの観葉植物に水をやるとか、
キッチンの引き出しを
ひとつだけ整理するとか。

現実に触れると、
画面の中の世界が少し遠くなります。

私の毎日は、派手じゃないけれど、
確かにここにあります。

息子の「今日テスト100点だったよ」
という声や、
娘の「お腹すいた」の一言。

そういう細い糸みたいな出来事が、
私の一日をつないでいます。

嫉妬が消えなくても、それでも

嫉妬が消えなくても、それでも

正直に言えば、嫉妬はなくなっていません。
きっとこれからも、彼女の投稿を見て、
胸がざらつく夜はあると思います。

でも、そのざらつきを
「私がダメだから」と結びつける回数は、
少し減ったかもしれません。

ああ、いま私は不安なんだな。
将来のことが怖いんだな。

そうやって名前をつけるだけで、
感情との距離が
ほんの少し空くことがあります。

もし、これを読んでいるあなたも、
誰かのキラキラに疲れているなら、
それはあなたが狭い心だからじゃなくて、
いま立っている場所が
揺れているからかもしれません。

無理に祝福しなくていいし、
無理に前向きにならなくていい。

ただ、今日はタイムラインを閉じて、
温かいお茶を飲む。

それくらいで、
十分なんじゃないかと、
私は思っています。

嫉妬は消えないけれど、
少し離れて座ることはできる。

そんなふうに、
自分に言い聞かせる夜です。

嫉妬は消えません。
でも、少し距離を取る方法ならあります。
→【嫉妬に振り回されないために私がやっていること