※この記事は「不安を整えるシリーズ」です。
不安は、消そうとすると強くなります。
だから私は、なくすことより、
少し距離を取ることを選んでいます。
そのときにやっている、小さなことを書きす。
夜になると、急に足元がぐらつく

日常のワンシーン
地方都市の団地に住んでいます。
高校生の娘は自分の部屋でイヤホンをつけ、
夫は単身赴任中。
夜10時を過ぎると、
部屋は急に広く感じます。
昼間はスーパーのレジのパートで、
ひたすらバーコードを通しています。
「いらっしゃいませ」と言い続ける時間は、
ある意味で安全です。
考えなくていいから。
でも、お風呂を終えて、
洗濯機の終了音が鳴り止んだころ。
静けさが、
すっと部屋に沈んでくる瞬間があります。
窓の外の街灯が、
薄いカーテン越しに揺れている。
その光を見た途端、
胸の奥に、あの感覚が広がります。
感情が暴れる瞬間

不安です。
しかも、夜だけ強くなる不安。
「このままの収入で大丈夫なんだろうか」
「娘の進学費用、足りるのかな」
「もし夫の仕事がうまくいかなくなったら」
昼間は現実的に考えられることが、
夜になると輪郭を失います。
頭の中で、
最悪の想像だけがはっきりする。
それはまるで、
暗い海に小舟で浮かんでいるような感覚です。
波は見えないのに、
揺れだけが伝わってくる。
その後の消耗感
布団に入っても、
心拍だけがやけに大きい。
スマホで
「40代 老後資金」
「教育費 足りない」
と検索してしまい、さらに疲れる。
朝になるころには、
何も起きていないのにぐったりしています。
何かに戦ったわけでもないのに、
消耗だけが残る。
私がやっている“小さな整え方”

感情を止めようとしない理由
以前は、この不安を消そうとしていました。
「前向きに考えなきゃ」
「まだ先のこと」
と打ち消そうとする。
でも、夜の不安は説得では静まりませんでした。
むしろ、押さえつけるほど膨らむ。
だから今は、止めようとしません。
来るものは来る、
という前提にしています。
消すのではなく、少し距離を取る。
それくらいの気持ちで向き合っています。
実際にやっている4つのこと

私がやっているのは、本当に小さなことです。
ひとつ目は、夜に検索をしないこと。
スマホのアプリ制限で、
21時以降はブラウザを開けない設定にしています。
「Yahoo!」のアイコンが押せないだけで、
想像の広がり方が少し変わります。
ふたつ目は、5分だけ台所を磨くこと。
シンクをスポンジでこする。
冷たい水の感触を確かめる。
体を動かすと、思考の速度が少し落ちます。
三つ目は、ノートに一行だけ書くこと。
「今日は不安が強い」と、そのまま書きます。
理由も分析もしません。
言葉にすると、
不安が全部の自分ではなくなる気がします。
四つ目は、湯たんぽを抱えること。
冬の夜は特に。
お腹が温まると、波がほんの少し低くなる。
どれも人生は変わりません。
貯金が増えるわけでも、未来が保証されるわけでもない。
やっても消えない現実

不安は、なくなりません。
翌週も、また夜にやってきます。
団地の外壁は相変わらず古いし、
娘の進路もまだ決まっていない。
夫の赴任先の景気も、
私にはどうにもできない。
それでも、
揺れ幅だけは少しだけ
小さくなった気がしています。
振り回されにくくなる距離感

少しだけ変わった感覚
以前は、不安が来ると
「私そのもの」
が不安になっていました。
今は、「ああ、今夜も来たな」
と思える瞬間があります。
同じ波でも、足首くらいで済む夜がある。
胸まで浸かっていた頃より、
呼吸が少しだけ楽です。
完全にはなくならない
夜の不安は、たぶんこれからも続きます。
年齢を重ねれば、
別の形に変わるのかもしれない。
でも、ゼロにすることを目標にしなくなってから、
責める気持ちは減りました。
揺れる自分を、いちいち否定しなくなった。
飲み込まれすぎないようにする

もし、夜だけ強くなる不安に疲れているなら。
大きなことをしなくてもいいのかもしれません。
スマホを伏せる。
お湯を沸かす。
窓を少しだけ開けて、冷たい空気を吸う。
それだけで、明日が変わるわけではありません。
でも、今この瞬間の揺れが、
ほんの少しだけ静まることはある。
私は今夜も、湯たんぽを抱えて布団に入ります。
不安が隣にいても、
同じ布団の端に寝かせるような気持ちで。
消さなくていい。
ただ、飲み込まれすぎないように。
それくらいの距離で、今日も過ごしています。
感情は、きっとまた戻ってきます。
なくならないものを、無理に消そうとしなくてもいいのかもしれません。
ただ、「ああ、今こう感じているんだな」と気づく夜があるだけで、
少しだけ距離は生まれる気がします。
今日もそれぞれの場所で、静かに揺れながら生きている。
その事実だけで、十分なのかもしれません。
