どうして、嫉妬はこんなふうに突然やってくるんだろう。
夕方、台所で、夕飯の支度をしていたとき。
特別な出来事があったわけでもないのに、
ふと、取り残されるような感覚が胸に広がりました。
「私は何も成し遂げてない」
頭の中で、そんな声が聞こえた気がします。
今日は、答えを出す話ではありません。
この感情を、いったんここに置いてみるだけです。
ありふれた日常の中で
夕方、学童のお迎えに行った帰り道。
ランドセルを背負ったまま、子どもが言った。
「○○ちゃんのお母さん、もう家で仕事してるんだって。
おかえりって言ってくれるって、いいなあ」
私は「そうなんだね」と笑いながら、心の中で小さくつまずいた。
家に帰ったら、急いで夕飯の支度。洗濯物はまだ干しっぱなし。
明日の派遣の仕事の準備も終わっていない。
たったそれだけの会話なのに、胸の奥がざらっとした。
きれいじゃない本音
正直に言えば、羨ましかった。
在宅で働ける人が。時間に余裕がありそうな人が。
「おかえり」と言える余白を持っている人が。
同じ母親なのに、どうして私はこんなに余裕がないんだろう。
どうして私は、いつも追い立てられているみたいなんだろう。
頭ではわかっている。
それぞれ事情が違うことも、比べても意味がないことも。
でも、心の奥から湧いてくるのは、黒くて重たい感情だった。
嫉妬。焦り。取り残されるような感覚。
いちばん強く責めていたのは自分だった
そんなふうに思ってしまう自分が、嫌だった。
「人のこと羨ましがるなんて、みっともない」
「もっと前向きに考えられないの?」
「私は何も成し遂げてない」
誰にも言われていないのに、頭の中で自分を叱りつけていた。
正社員でもない。特別なスキルもない。
子どもを育てながら、ただ毎日を回しているだけ。
それなのに、周りを見ては勝手に落ち込んで、勝手に嫉妬して。
そんな自分が、情けなくて、恥ずかしくて、さらに嫌になる。
ふと立ち止まった瞬間

でもある日、台所でスポンジを握ったまま、ふと思った。
これって、本当に「性格の問題」なんだろうか。
私は元々、こんなにねじ曲がった人間だっただろうか。
それとも、今の暮らし方が、そう感じさせているだけなんだろうか。
もし立場や環境が違ったら、同じ気持ちにならなかったかもしれない。
そう考えたとき、少しだけ呼吸が楽になった。
嫉妬は「性格」じゃなくて「反応」
この感情は、私の欠陥じゃなかった。
今の状況に対する、ただの反応だった。
時間が足りない。余裕がない。将来も不安。
そんな毎日の中で、安心している誰かを見たとき、心が揺れる。
それは性格の悪さじゃなくて、
「私、ちょっと無理してるよ」っていうサインみたいなものだった。
嫉妬は、誰かを攻撃したい気持ちじゃなくて、
「私も本当はこうありたい」という情報だった。
警告音みたいに、ただ鳴っているだけ。
今日できる小さなこと
だからといって、人生を大きく変えられるわけじゃない。
できるのは、ほんの少しのことだけ。
たとえば、羨ましくなったとき、心の中でこう言ってみる。
「そっか、私は今、疲れてるんだな」
あるいは、帰り道にコンビニで好きな飲み物を一本だけ買う。
家に着く前に、ひと口飲んでからドアを開ける。
それから、誰とも比べない時間を、10分だけ作る。
スマホもテレビもつけず、ただ座るだけでもいい。
何かを解決するためじゃなく、心を少し緩めるために。
等身大のこれから
嫉妬は、たぶんこれからもなくならない。
子どもの成長、周りの働き方、友だちの暮らし。
目に入るたびに、また胸がざらつく日もあると思う。
でも前みたいに、「こんな自分はダメだ」とは思わなくなった。
「あ、今ちょっと苦しいんだな」と気づけるようになっただけで、
振り回され方が、ほんの少し軽くなった。
感情は消えない。
ただ、飲み込まれなくなることはある。
それだけで、日常は少し呼吸しやすくなる。
同じ気持ちのあなたへ
もし今、誰かを羨ましく思って、そんな自分を責めているなら。
それは、あなたの性格の問題じゃない。
頑張ってきた時間の中で、心が出した自然な反応だと思う。
無理に前向きにならなくていい。
きれいな言葉に置き換えなくていい。
「そう思ってしまった自分」を、そのまま置いておいても大丈夫。
ここは、そんな気持ちのままでもいられる場所でいたいと思う。
少ししんどくなったら、また戻ってきていい。

