ある日の、何気ない出来事
職場で、年下の派遣スタッフが褒められていました。
「〇〇さん、仕事覚えるの早いよね」
「助かってるよ」
その場では、
「そうですよね」と笑って相づちを打ちながら、
心のどこかがチクッとしました。
別に、その人が嫌いなわけじゃない。
仕事ができるのも事実。
それなのに、
家に帰ってからも、その場面が頭から離れませんでした。
その瞬間、こんな感情が湧いてきた
浮かんできたのは、
きれいな感情じゃありません。
「私、何年ここにいるんだろう」
「結局、何も積み上げてきてないな」
誰かと比べたいわけじゃないのに、
気づけば比べてしまう。
そして最後に残るのは、
ズンと重たい劣等感でした。
そして、私は自分を責め始めた
頭の中で、
ひとり反省会が始まります。
「もっと頑張れたはず」
「途中で諦めたから、今があるんだ」
「中途半端な人生だな」
誰に言われたわけでもないのに、
一番厳しい言葉を、
自分に向けていました。
でも、少しだけ立ち止まって考えてみた
ふと、思ったんです。
この劣等感って、
本当に「私がダメだから」なんだろうか、と。
・子どもが生まれて
・生活が優先になって
・働き方を選び直して
それは「逃げ」だったんだろうか。
それとも、
そのときの自分なりの選択だったんだろうか。
劣等感は、性格じゃなく「反応」だった
考えてみると、
劣等感が強く出るのは、
決まったタイミングでした。
・他人と比べたとき
・評価の場にいるとき
・将来の話を聞いたとき
つまり劣等感は、
「私はダメな人間」という証明じゃなくて、
「自分の価値を、他人の物差しに預けすぎているよ」
という心の反応だったんです。
そう気づいたとき、
少しだけ肩の力が抜けました。
私がやめたこと/やっていること
それから、意識的にやめたことがあります。
それは、
「過去の選択を、今の基準で裁くこと」。
あのときの自分は、
あのときなりに必死でした。
今の知識や余裕で、
過去を責め続けても、
何も生まれません。
劣等感が出てきたら、
こう言うことにしています。
「それでも、ここまで生きてきたよね」
それだけで、
感情が少し静かになります。
感情があっても、人生は進める
劣等感は、
今もたまに顔を出します。
でも、
一日中引きずることは減りました。
「また来たな」
「今、比べすぎてるな」
そう気づいて、
自分の生活に戻れるようになった。
それだけで、
生きる消耗がずいぶん減りました。
同じように悩んでいるあなたへ
もしあなたが今、
「私って、何も成し遂げてない」
そう感じているなら、
それは、
あなたが怠けてきたからじゃありません。
いろんな役割を引き受けて、
ここまで来た証拠です。
人生は、
誰かと比べて評価されるためのものじゃない。
また劣等感が出てきたら、
この考え方に戻ってきてください。
あなたは、
思っているより、ちゃんとやっています。

